【企業向け】不妊治療支援について知っておくべき職場環境づくり
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近年の晩婚化などの影響もあり、不妊治療をするカップルが増加しています。実際、体外受精や顕微授精などの高度な不妊治療によって誕生した子どもは2015年の段階で20人に1人の割合となっており、不妊治療が浸透していることがわかります。
ただし、働く女性にとって不妊治療と仕事の両立はまだまだ厳しいのが現状であり、意に反して退職してしまうケースも多いものです。会社としては、優秀な人材を不妊治療のために失ってしまうのは避けたいところです。そこで、不妊治療に取り組む従業員を支援する制度を導入する企業も増えてきました。
本記事では、企業が不妊治療支援制度を導入する意義や手順について、ベリーベスト法律事務所 湘南藤沢オフィスの弁護士が詳しく解説します。
1、不妊治療について
不妊治療という言葉は知られるようになりましたが、実際にはどんな治療が行われているのでしょうか。不妊の定義から治療の種類、治療による負担などについてご説明します。
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(1)不妊とは
そもそも「不妊」とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交しているにもかかわらず、一定期間妊娠しないものをいいます。公益社団法人日本産科婦人科学会では、この「一定期間」について「1年というのが一般的である」と定義しています。
不妊の原因としては、排卵がない、婦人科の疾患のために妊娠しにくいという女性側の事情による場合と、精子数が少ない、または無精子などの男性側の事情による場合とがあります。WHO(世界保健機関)によれば、不妊原因の男女比は5対5程度で、原因がわからないこともあります。
なお、男女とも、年をとるほど妊娠しにくくなり、仕事などを理由に治療を先延ばしにしてしまうと、よけいに妊娠が難しくなると考えられます。 -
(2)不妊治療について
不妊の原因となる疾患があるとわかった場合は、原因に応じて薬による治療や手術などが行われます。不妊治療は大きく分けて、一般不妊治療と生殖補助医療とに分類されます。
一般不妊治療とは、排卵日を診断して性交を行うタイミングを合わせるタイミング法、内服薬や注射で卵巣を刺激して排卵をおこさせる排卵誘発法、精液を注入器を用いて直接子宮腔に注入する人工授精法などのことをいいます。
生殖補助医療とは、一般不妊治療では妊娠しない場合に、卵子と精子を取り出して体の外で受精させてから子宮内に戻す「体外受精」や「顕微授精」などのことをといいます。なお、体外受精及び顕微授精による不妊治療は「特定不妊治療」として、治療にかかる費用の一部につき助成を受けることができます。 -
(3)不妊治療による負担
不妊治療は大きく分けて3つの負担がのしかかります。
一つ目は身体的な負担です。ホルモン刺激療法では、体調不良等が生じることがあります。具体的には、腹痛、頭痛、吐き気、めまい等がよく見られます。また、不妊治療に伴う検査や投薬により大きな負担がかかる場合があります。
次に精神的な負担が挙げられます。生理のたびに不合格判定を下されていると感じてしまうと言われていたり、ホルモンの影響で落ち込みやすくなったり、治療が長期化してくると抑うつ傾向になったりするとも言われています。また、妊娠するかわからない治療に費用や時間をかけることに精神的な負担を感じたり、不妊治療をするための通院が急に決まってしまい職場の仕事との調整が困難となり精神的な負担を感じたりすることもあります。
三つめは、経済的な負担です。不妊治療のうち、体外受精や顕微授精は健康保険の対象外の治療となっており、原則として治療費は自己負担となります。また、不妊治療は終わりの時期を見通すことが難しい治療であるため、何度も回数を重ねることで多額の治療費を払わざるを得ない状況になってしまうこともあります。
2、企業が不妊治療に取り組む意義
従業員が不妊治療をしながら、長く働くことのできる職場づくりに取り組む企業が増えています。企業が、従業員の不妊治療を支援する意義はどんな点にあるのでしょうか。
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(1)離職の防止
不妊治療に要する通院日数の目安は、特に女性については、月経周期ごとに要する通院日数として、一般不妊治療を受けるときは、診療時間1回1~2時間程度の通院が2日~6日間程度必要とされ、生殖補助医療を受けるときは、診療時間1回1~3時間程度の通院が4日~10日間程度必要とされることに加え、診療時間1回あたり半日~1日程度の通院が1日~2日程度必要とされています(医師の判断、個人の状況、体調等により増減する可能性もあります。)。そのため、職場に迷惑をかけるのではないかといった不安から離職につながるケースが多数報告されています。実際、厚生労働省によれば、仕事と不妊治療との両立ができず離職に至った人の割合は16%に上るとされています。
企業にとって、優秀な従業員が不妊治療と仕事の両立に悩み離職することは大きな損失です。企業が不妊治療を支援する体制を整えることで、離職を防ぐ効果が期待できます。 -
(2)従業員の働く安心の確保
不妊治療は、子どもを望むすべての人にとってひとごとではありません。自分が当事者になる可能性がある限り、実際にどんな支援の仕組みがあるのか気になるところです。会社としての支援体制が整っていれば、従業員の安心感やモチベーションの向上を図ることができます。
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(3)新たな人材の確保
男女共同参画の観点からも、企業が従業員に対してどんなサポート体制をとっているのかは、応募者にとっても重要なメルクマールになりつつあります。子育てや介護支援だけでなく、不妊治療に対する支援体制の整備があれば、従業員、特に働く女性を支援する体制の整った企業として高く評価されることが期待できます。
企業が、従業員の不妊治療を支援する意義としては以上のようなものが挙げられます。
不妊治療のために利用可能な休暇制度・両立支援制度について、利用しやすい環境整備に取り組んでいる中小企業事業主は、「両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)」や「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」などによる助成を受けられる可能性もありますので、上記のような環境整備について検討をしてみてはいかがでしょうか。
3、企業が行う不妊治療支援の例
次に、実際に、企業が導入している不妊治療サポートの具体例をご紹介します。大きく分けて、①治療のための不妊休暇制度と、②治療にかかる費用を貸し付けたり、助成したりする制度があります。
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(1)休暇に関する制度
① 不妊治療休職制度(運輸業 従業員数1万人以上)
体外受精、顕微授精を行う従業員が最長1年間、休職できる。休職期間中は無給。
② 出生支援休職制度(電気機器製造業 従業員数約4万人)
不妊治療を目的として、1か月から最長1年間休職できる。休職期間中は無給であるが、休社会保険料は相当額を会社が補助する。 -
(2)費用貸付や助成制度
① 不妊治療貸付制度(建設業 従業員数1000〜5000人)
本人又は配偶者の出産及び不妊治療を事由とし、100万円を上限として、毎月の賃金及び賞与から返済する制度。
② こうのとりサポート制度(小売業 従業員数100〜300人)
不妊治療及び養子縁組の費用を12万円/年、最大5年間、合計60万円まで補助する制度。
4、不妊治療支援を導入する手順
実際に企業に不妊治療支援制度を導入する際のステップについて解説します。
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(1)取組体制の整備
不妊治療支援制度の導入にあたり最初にすべきことは、主導する部門や担当者を決めることです。人事や総務を担当にすることもあれば、プロジェクトを立ち上げるケースもあります。
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(2)従業員のニーズや実態の把握
次に、自社の従業員に対して、不妊治療と仕事の両立に関する実態の調査を行うことになります。現状に合った制度を作る必要があるからです。具体的には、従業員に対してアンケートやヒアリングを行ったり、労働組合との意見交換をしたりするなどの方法が考えられます。
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(3)制度設計
実際のニーズを踏まえて、自社の現状に合った制度設計に進みます。設計に際しては、他社の導入例をプレスリリースなどで見ながら参考にするとよいでしょう。なお、不妊治療の制度設計は、広く従業員が働きやすい会社であることと直結します。したがって、不妊治療に関する制度だけでなく、柔軟な働き方を可能にして仕事との両立をしやすくするような制度設計を進めることも考えられます。
なお、導入する制度の内容によっては、就業規則を整備し、労働基準監督署に届け出る必要がある場合もありますのでご留意ください。 -
(4)運用の開始
制度を導入しても、誰も使わなければ意味がありません。制度を導入したことを従業員に広く周知し、実際の利用につながるように努めましょう。なお、不妊治療をしていることを他人に知られたくない従業員もいます。また、制度を利用することで他の従業員から白い目で見られるのではないかという不安を持つ人もいます。そうした従業員でも、制度を利用することに抵抗を感じないように、会社側が十分に配慮した運用が求められます。
具体的には、制度について、管理職はもちろん一般従業員まで理解を深め、不妊治療そのものについて理解のある職場風土を作っていく必要があります。
5、企業が不妊治療支援を行う際の注意点
企業が不妊治療支援を実施する際には次の点に注意しましょう。
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(1)プライバシーの保護
不妊治療は特にプライバシーに配慮しなければならない事柄です。また、不妊治療をしている人のうち、会社にそのことを伝えている人は半数にも満たないという厚生労働省のデータもあります。他人に知られたくない、職場では気を遣ってほしくない、といった理由が挙げられています。
妊娠や出産以上に、当事者への配慮が必要と言えるでしょう。
不妊治療支援制度を利用することが、本人にとってのプライバシー侵害にならないように、制度設計から運用まで十分に注意する必要があります。 -
(2)ハラスメントの防止
妊娠や出産に関するハラスメント(マタニティーハラスメント)という言葉があり、社会問題になっています。不妊治療についても、会社で支援制度が導入されたことをきっかけに、ハラスメントが増える恐れも否定できません。
不妊治療支援制度は、従業員の働く意欲を高め、仕事と治療の両立を支援するために導入するものです。導入によって、かえって従業員が働きづらくなるといったことがあってはなりません。
企業としては、制度の導入によるさまざまな影響を予想し、管理職を含めた従業員ひとりひとりの意識を高めていく努力が求められます。また、万が一ハラスメントが起きた時の対応窓口も用意し、速やかに対応できるようにしておくことが推奨されます。
6、まとめ
本記事では、不妊治療支援制度の導入について、企業の立場から解説しました。不妊治療支援制度の速やかな導入は、離職の防止や優秀な人材の確保に資すると考えられており、実際に多くの企業に広まりつつあります。もっとも、実際に制度を設計し導入まで行うのはなかなか大変なことでもあります。設計を誤れば、従業員のプライバシー侵害やハラスメントなどの問題につながる可能性もあります。
ベリーベスト法律事務所では、不妊治療支援など、企業のさまざまな制度設計についても知見を有する弁護士がご相談に応じています。不妊治療支援制度についてご検討される際にはぜひ一度、湘南藤沢オフィスまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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